2003年に米国に次ぐ海外店舗として、パリ・サントノーレ店をオープンさせた「45rpm(フォーティーファイブ・アールピーエム)」。現地で陣頭指揮を任された平野務さんは、フランスならではの困難さとパリという世界でも有数の消費地の醍醐味を味わってきたそうです。経緯から今までを振り返ってもらいました。
フランスに進出した経緯は
90年代後半のニューヨーク進出があり、次はやはりモードの中心であるパリへと自然な流れだったと思います。特にインディゴをファッションとして認めてもらうためにも、ここで挑戦したかったという事が大きかったのではないでしょうか。
日本との違いで苦労したことは
日本ともそうですが、米国や英国とも違うフランス独自のやり方の違いに苦労しました。営業権や労務関連などもそうですが、日本人のように「空気を読む」風土は無いので、一つ一つコンファームしていく必要がありました。紙(契約)社会なのです。
販売面では、日本の倍くらい説明しなければなりません。ただ、目が肥えているためか、付加価値、本物を見る目はあるのです。絞りなども説明するときちんと理解してくれます。ただ似合っているかが大事で、本人にドンピシャだと喜ばれますし、いくら蘊蓄を語っても似合わなければ全く駄目ですね。
オープンして2~3年は来る日も来る日も説明して、苦しい日々が続きました。それが4~5年目のある時を境に、高級ブランドのショッパーを持ったお客が「着やすい、気持ち良い」と言って買い物していくようになったのです。その時にやっと日本の「トラディショナル」「職人」がキーワードとして受け入れられたのだなと感じました。
このサンジェルマン店は12年のオープンなので、今は「説明、説明」の日々です。
パリの中でのブランドの位置づけは
ハイブランドが好きな人が顧客には多いような気がします。そんな中で45rpmはファッションというより、ライフスタイルのカテゴリーの方がブランドの「らしさ」の立ち位置が合っているように思います。
今後の展望は
まずはサンジェルマン店を軌道に乗せることですね。そしてもう1店、マレ地区に出店したいと考えています。その後は英国や北欧などへの欧州展開を、調査含めて進めていきたいですね。
ゼロからパリで立ち上げる大変さは、想像に難くないと言えます。しかし45rpmは着実に地歩を固めてきており、早晩、新たな展開もあるでしょう。平野さんは持ち前の明るくウイットに富んだ性格で、さらりと困難を乗り切ってきたようです。それは45rpmのさらりとした感性とも合致したものだったのでしょう。
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