サンローラン・ニネ2

映画『イヴ・サンローラン』で主役のサンローラン役を演じたピエール・ニネさんが来日し、8月8日、インタビューに応えました。

初来日の印象は?

日本は美しいものに対する文化が確立している国なので、この映画のテーマ「美学」についても共通しています。日本は互いにリスペクト、尊敬する念とか礼儀正しさを重んじる国だと聞いていましたが、実際に来日して、振舞い方に出ていることに感銘し、またエレガンスや優雅さも感じています。イヴ・サンローランとって、「エレガンス」というのが重要なテーマだったので、そういったものをこの国に感じます。この東京での仕事の後、日本の伝統的なものも見てみたいので、京都を訪れます。

出演に至ったいきさつは?

コメディーフランセーズの公演中に、監督から「ビールでも飲まないか」という電話があり、出かけていくとこの映画の話をされました。「世紀の歴史に残るラブストーリー、クリエーションに関するストーリーを書き上げたので出演してほしい」と。タイトルは『イヴ・サンローラン』。「それで僕は誰を演じるの」と聞いたら「サンローランだ」と。もちろん私の答えは明白にイエスだったわけですが、私のような若い俳優に密度の濃い複雑で曖昧な役をオファーされるのは稀なことだと思いました。そしてすぐに準備作業に入りました。

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役作りに付いて

5ヶ月半を掛けて準備しました。映像を見て人物を観察し、声の研究のため、サンローランの声をiPodに入れて日に3~4時間聞きました。

また3人のコーチに付きました。一人はデッサンの職人で、この女性はサンローランで15年働いてきた人です。スタント無しでデッサンを描けるまでになりました。

フィジカルのコーチには体の使い方、経年によってシルエットが変わっていく様子などを教わりました。

ファッションのコーチからは業界のことや専門用語を教えてもらい、布の使い方、選び方や触り方、モデルの体にどう巻きつけるのかなどクチュールのアトリエで行われていることを学びました。週に2~3回通って、撮影現場では身に浸み込んだものを即興で使えるような状態にまで持っていきました。

またサンローランを知っている人へのインタビューもしました。ピエール・ベルジェ氏、ベティーカトルーさんにも会い、様々な事を聞きました。

エディ・スリマンのバックステージを体験したそうですが

この映画のためにバックステージを見学することは重要な事でした。興奮と不安とがない交ぜとなった独特の雰囲気があり、それを表現しなければならなかったので。

エディとサンローランの共通項は、二人ともシャイな人間だということ。そしてその内気さを武器として使っている。部屋に入ってくる時も目立たないように慎ましく佇んでいるのですが、みんなが彼の存在を意識している感がありました。ともにカリスマ性のある内気さが魅力になっていると思いました。

サンローランに共感する部分は?

最初、共通点を一生懸命探そうとしました。それを見つけて、こういう人物を演じることが可能なんだと自身に思わせるために、ある種の攻略点として共通点を探してみたのですが、結果としては自分とは違う人物だと分かりました。それが故に膨大な準備が必要だったのです。22歳で躁鬱病になり、孤独な複雑な人物だった。私とはすごく違うと思いました。

唯一共通点と言えるのは、仕事における早熟性。彼は若くしてファッションに情熱を覚えて、それを職業にした。私も比べるのもおこがましいですが、若い時に演劇に興味を持って俳優になろうという事を決めたので、若くして情熱が定まった、道が定まったという点においては、唯一共通点と言えるかもしれません。でもあとは本当に違っていたので、役作りが必要でした。

ピエノワ、同性愛者、70年代のヒッピームーブメントと退廃傾向、こういった背景をどのように咀嚼されて表現しましたか?

冒頭は、アルジェリア戦争の時代です。もちろん私の世代は知らないことですから、学ばなければなりませんでした。サンローランの歴史は、まさにフランスの歴史そのものです。それを学ぶのが面白かった。彼は時代を先読み、先取りしていた人物でした。特に美学の面で彼の打ち出すものは時代の先を行っていました。女性が男性の服を着ていなかった時代に、リベラルな女性が「スモッキング」を、またミリタリーがファッション界に存在しなかった時に「ミリタリールック」を打ち出してくるとか。そういったものを勉強しながら、歴史の事実を再訪する、もう一度自分で再体験するというのが、凄く面白い経験でした。

結局のところ、一番の特徴は、彼が時代を先読みする視点を持っていた。頭脳の明晰さを無意識のうちに行使していたのだと思います。人々がこれから何を愛するだろうか、何が好きになるのだろうという事を先読みできる人だったという事です。

大変だったシーンは?

ラストのロシアンバレーのショーのシーンです。あの時のイヴになるために、私自身のメークが4時間半も必要でした。また監督は「ワンテイクで撮りたい」と言っていたので、リハーサルは私の代役がやっていて、そのメーク時間プラス袖で5時間位のウェイティングを強いられました。本物のショーを本物のホテルで再現していたので、モデルは本物のサンローランの衣装を着て行ったり来たりしている。お客さん役の300人エキストラが場内を埋め尽くしている。その中で待つというのは沢山のストレスでした。でも最後の最後に、拍手に包まれた舞台上に登場するシーンを取りましょうとなって気が付いたのですけど、結局この長いストレスフルな待ち時間は、実は現実にサンローランがショーのバックステージで経験していたことなのだなと。現実とフィクションが混ざり合ったような独特の感覚を、そこで体験しました。

またこのシーンが特別だったのが、ベルジェ本人が唯一来た撮影だったこと。彼が居る前で撮影が行われたという意味においても、ストレスとその後に感じた喜びと、様々な思い出が入り混じって非常に特別な撮影でした。

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印象に残った衣装は?

モンドリアンドレスは1日だけ、財団の保管庫から運び出されてきました。美術品のように手袋をして取り出され、それを着用したモデルさんは、食べ物も飲み物もだめ、もちろん煙草もだめと凄い制限の中で、あの撮影が行われました。間近に見るモンドリアンドレスは美しく、インパクトがありましたし、ポップで、そしてこんなに時代を経ても今風で素晴らしい物でした。最後に手袋無しで、素手で触ったのはサンローランなのだろうなと考えたりすると益々深い感銘を受けました。

このほか自身の演劇や俳優に対する考え方などを語ってくれましたが、物怖じせず、的確に素早く答える態度から、頭脳の明晰さと25歳とは思えない円熟味を感じました。サンローラン役とはまた異なったピエール・ニネをこれからもたくさん輩出してくれるでしょう。『イヴ・サンローラン』は、9月6日より角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネマライズほか全国ロードショー予定です。

映画紹介→http://cubocci.com/topics/5114

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